「エドガー・アラン・ポオ 一時代と人と文学について一 」 安藤邦男
「研究集録」第14集
愛知県立旭丘高等学校1988年6月15日発行
【筆者注】 旭丘高校の紀要「研究集録」は、毎年教職員の研究をまとめ、発行されていた。筆者は旭丘高校を辞める前年、この論文をその紀要に発表した。
筆者はこの論文で、ポオ文学の全体像を,その時代と人間の関連を見すえながら記述し,彼の象徴詩的手法がどのようにして生まれたかを解明しようとした。ポオは詩の中に「天上美」を表現しようとしたが,彼はその完璧な表現には失敗した。しかし,そのとき期せずして象徴詩の可能性を発見したのである。何故なら,意識の網の眼を逃れた神秘の「天上美」は,意識下の深層の意味として,シンボルによって暗示する以外に方法がないからである。
はじめに
アングロサクソン文学は著しく現実的であって生活の知恵をその根底に有している。美を表現の対象にしようとするときでさえ、それを生活と結びつけることを忘れない。それは芸術のための文学ではなく、人生のための文学である。このような文学の伝統の中にあって、あらゆるきょうざつ物を排除し、美をその純粋な形で表現しようとするポオの文学は、まるで突然変異によって生じた異教の文学のように思われる。そこには、生命に対する讃歌も、同胞への奉仕や協力による創造の喜びもなく、ただ人間の死滅と事物の崩壊をうたう衰亡と憂愁の美学があるだけである。
しかしながら、文学史的に見ればいわば鬼子ともいうべきこのポオの文学は、母国アメリカでは近代批評の基礎を確立したのみならず、やがて海を渡ってフランスでは象徴主義運動をひき起こし、イギリスでは探偵小説のジャンルを打ち立てることになる。このような新しい文学が、一体なぜ、先進国ヨーロッパではなく、当時の後進国アメリカで生まれたのか。この小論では、時代と人との関連を見すえながら、ポオ文学の成立とその意味について、概観をこころみたい。
1 文学史におけるポオの位置
・アメリカ浪漫主義の誕生
ポオの生きた19世紀前半のアメリカは、浪漫主義の時代であった。すでに18世紀中葉から独立の気運が高まっていたアメリカは、後半になると動乱の時代に突入してい
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